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訳有 ようこそ、こんな平凡なHPにお越しくださいました。
 私は千葉県木更津市に住むメタボ老人です。名を名乗るのもおこがましいので、とりあえず「訳有杜志夫(わけありとしお)」とでもいったところでご勘弁ください。
 42年間営々と働き続けたあげくに、雀の涙にも及ばぬ僅かな年金を受け取る身分となりました。 発泡酒に慰められては夜中にトイレに起きる毎日ですが、なにかと葛藤の多かった生活から解放され、有り余る時間を楽しんでいます。
 在職中から日本の海岸線をたどって少しずつ旅をしていますが、暇になりましたので、旅のメモを元に日頃の雑感などを書いてみたいと思っています。1回に書ける量は限られると思いますが、気力、体力と相談しながら更新してゆくつもりです。
 もし、目が冴えて眠れぬ夜などありましたら、読んでみてください。たちまち眠気に襲われること請け合いです。

2010.7.27

        
 おかげさまで、HP開設1周年を迎えました。
 はじめはこんなに続くとは思わなかったので、色々なことを書き急ぎましたが、もう少し続けられそうな気もしてきましたので、義理で読んでくださる方々のご負担にならないよう、ちょっとペースを落としたいと思っています。
 ですが、年金は毎年減るのに税金やら介護保険料やらというものは容赦なく取られるという社会のしくみも分ってきて、腹の立つことも多く、言いたいことは増える一方です。
 ですからまた衝動的に書きなぐるかも知れませんが、そのときは適当に読み飛ばして、気楽にお付き合いくださいますよう、お願い申し上げます。
                             
                             2011.7.27


 なんと、HPを作って2年が経ちました。
 駄文を弄するばかりで我ながら芯のない展開を恥じていますが、なにぶんにも浅学の身に老人性ナントカが加わり、これがやっとの形です。
 年寄りの自己主張はとかく独りよがりの誹りを免れないものですが、書いている本人がそう感じるのですから始末に負えません。
 携帯電話も腕時計もどこかに置きっ放しの毎日、これからますます視野が狭くなり、葦の穴から天を覗くような私見の羅列が続くと思います。
 なにとぞご寛恕の上、斜め読みでもしていただけたら幸甚です。
                             2012.7.27


 このHPも丸3年ということになりました。
 退職したら仙人か三年寝太郎になるつもりでしたが、思えば無職の老人を地域が遊ばせておくわけがなく、ナントカ委員だのナントカ理事だのという雑用がいくつも回ってきて、いつの間にか手帳が真っ黒な生活に戻ってしまいました。
 一時は置いた場所も忘れていた携帯電話も、iPhoneとかいう機種に買い替えを余儀なくされ、スケジュールを管理されています。
 というわけでHPの更新が予定どおりにいかないことが多くなりましたが、それが多忙によるものかボケによるものかは自分でも判然としないのが実情です。
                             2013.07.27


 4年が経ちました。
 独りよがりの駄文に辛抱強くお付き合いくださって、ありがとうございます。
 私の毎日は相変わらずで、地域の雑用に振り回されて旅行に行けないのがなによりも残念です。
 そんな老人の常套手段は“思い出”に耽ることで、それをブログにして気晴らしをしています。このHPとは別のものですが、お暇な折りにちょっと覗いていただけたら嬉しい限りです。 

   http://4travel.jp/traveler/hkbmso/album/

2014.07.27

  
 このHPもなんとかプロバイダによる削除を受けずに5年が経ちました。
 あれこれの雑用に追われて悲鳴を上げているところにまた、老人会の役員というのが回ってきて、大嫌いなカラオケや、全然興味のないグランドゴルフに付き合わされています。
 歌いもせず、プレーもせず、ただただその場にいるだけなのですが、費やす時間は相当なものです。
 むろん、世間様あっての自分ですから、来いと言っていただけるだけで有難いとは思っていますが。
                             2015.07.27
 

 我が家の狭い庭に数株の春蘭があります。
 30年以上前に、開発の進む近くの山から手当り次第に掘ってきて、庭のあちこちに植えました。
 そのほとんどは数年で姿を消してしまいましたが、ここの株だけは日照その他の条件が合ったのか、いまだに季節を忘れず見事に咲いてくれます。
 その間に私自身が医者から命を危ぶむ話をされたこともありましたが、幸い今も人並みに動き回り、毎年春蘭を見ては、医者の話が外れたことを喜んでいます。
 春蘭の別名は「ジジババ」。 私と妻もいつの間にかジジババになりましたが、この春蘭に負けず、これからも歳を重ねていこうと思っています。
 HPの更新が思うに任せませんが、それも元気で地域に使われているせいだと、変な言い訳をしています。
                            2016.07.27


 5月、癌が妻の命を奪いました。
 病気を知らされてから11か月、次第に弱っていく妻に寄り添うのに精いっぱいで、HPどころではないという毎日でしたし、亡くなってからは茫然自失して何ひとつ手につかぬまま今日に至りました。
 先日、世にいう新盆を迎えましたが、私は死んだ妻に一人で十万億土のかなたへの旅をさせる気にはなれず、俺にそのときがくるまで、出発せずに待っているようにと繰り返し言いました。
 ですから、盆の迎え火を焚く必要はないと思ったのですが、もしも妻が少しでも歩き始めていたなら引き戻そうと思い、庭で火を焚きました。
 そして、送り火は焚きませんでした。 あの世への旅は私と一緒。 それまで家で私と一緒に過ごしてもらうつもりです。
                            2017.08.18
 
 妻が死んで2年が経ちました。
 私事で人様を騒がせることを憚り、死亡通知・喪中はがきの類は一切出さず、年賀状もいつもどおり出していましたので、友人知己の殆どはこのことを知りません。
 それでも、敢えて秘匿に徹したという訳ではありませんので、少しずつは知る人も増え、善意の励ましをいただいています。
 そして、ありがたいこととは思いながらも一々腹を立てる自分がいます。
 「早く忘れることね」「楽しいことをやれば元気になれるよ」「くよくよしてちゃダメだよ」等々。 口ではありがとうと言いながら、腹の中では「忘れてたまるか!」「元気にとは、能天気な!」「くよくよしているときが俺とあいつの時間なんだ!」と言い返しています。
 「時が経てば辛さもなくなるよ」と慰めてくれる人もいますが、この辛さが時とともに薄れていくというのなら、時が止まるのを祈るしかありません。
 私は、自分が死ぬまで、妻を亡くした悲しみの中で妻を思い続けたいのです。 まだ近くにいる筈の妻に、お父さんはもう私のことを忘れたみたいね、と思わせたくないのです。
                           2019.07.15
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