スーツ男とヌーディスト


   

グレートケッペル島の浜辺で


     仕事で2週間ほどオーストラリアのイプスィッチにいたとき、2泊3日でヤプーンに行く
    ことになった。無論仕事である。
     まずは、ブリスベン空港からロックハンプトンまでプロペラ機で飛ぶ。 30人ぐらい乗
    れる飛行機だったと思うが、座席は左右2席ずつで、すべて自由席であった。 路線バスで
    もあるまいに、飛行機で自由席というのは初めての体験であるからとまどいながら窓側の席
    につく。 隣は最後まで空席であった。
     機内放送はあったが、エンジン音が大きくて聞き取れない。 どうせ大したことを言って
    いるわけではないだろうと気にも留めず、仕事の書類に目を通していると、プロペラ機特有
    の浮遊感が体を包んであっという間に雲の上に出た。
     正確には覚えていないが、意外なほど短い時間で高度が下がったと思ったら、小さな飛行
    場に着陸した。 まだかかると思っていたし、ロックハンプトンは名の知れた空港であるか
    らこんなに小さい筈はないと思いながらも出口に向かい、ふと思って乗務員にここはロック
    ハンプトンかと訊いてみた。
     「バンダバーグ」と不愛想な返事。 さては違う飛行機に乗ってしまったかと慌てて訊き
    返すと、この飛行機はロックハンプトン行きで間違いないが、途中バンダバーグで降りる客
    とそこから乗る客があるのだという。 機体は沖止めで、ロックハンプトンまで行く客は席
    についたまま待機することになる。
     あやうく降りてしまうところだった。 出発時の機内アナウンスではおそらくその説明が
    あったのだろう。 ほかの客が当たり前のように乗り降りしていたところを見ると、聞き取
    れなかったのはエンジン音のせいではなく、私の英語力が足りないせいだったのだと忸怩た
    る思いにかられる。

     ロックハンプトン空港からはレンタカーでヤプーンまで。 南回帰線上にある小さな町で、
    その名もカプリコーンコーストという海岸線に沿っている。
     ここでの仕事はほんの形式的なもので、日帰りは無理としても1泊すれば十分であったの
    だが、私は2泊の予定を立てていた。 沖合にあるグレートケッペル島に行くためである。
     グレートケッペル島はグレートバリアリーフの南端にある島で、島民は多分リゾート施設
    の従業員だけという完全な保養地であるから、無論仕事ではない。
     ヤプーンに着いたその日のうちに仕事を一つ済ませ、もう一つの仕事は翌日の夕方に残し、
    朝、10km足らずのドライブでロズリンベイに着く。 小さな港があり、これまた小さな
    フェリーボートが浮かんでいる。 フェリーが「浮かんでいる」とはあまり言わないと思う
    が、船体が小さい上に水がこの上もなく透明で船そのものが喫水線の下までくっきりと見え
    るので、停泊しているというより浮かんでいるという方が実感に近い。
     車を港に置いて徒歩客として乗船。 島までは40分ぐらいだったと思う。 途中で乗客
    がざわめいたので訊いてみると、左舷にジュゴンがいたとのこと。 ジュゴンなんて水族館
    でしか見たことがないから左舷に走り、デッキから身を乗り出すようにしてそれを探したが、
    ジュゴンはおろかクラゲの1匹も見つけられはしなかった。
     乗客の話では時々見かけるとのことで、話半分としてもたまには出くわすのであろう。 
     私の住む房総半島にも、対岸の三浦半島に渡るフェリーがあるが、濃灰色の海面に見かけ
    るのはせいぜい発泡スチロールの欠けらぐらいであるから、羨ましい話である。
     グレートケッペル島に着く。 島の大きさは1,400ヘクタールということだが、それ
    がどのくらいの広さなのかはさっぱり分からない。 東京ドーム300個分とか言われても、
    やっぱり分からない。
     とにかく歩いて一周できるような広さではないから、パトニーズビーチの方角を訊いて森
    の小路を歩く。 心地よい散策といった感じで、難なくお目当てのビーチに出る。 弧を描
    いた砂浜が続き、その砂が白い。 ややクリーム色がかってはいるが、まあ白と言っていい
    だろう。 日本では白砂青松という言葉があるが、そう宣伝しているどこのビーチに行って
    も砂は黒か灰色だ。 白砂と言えるのは沖縄の島々ぐらいだが、そこでは青松を見ることは
    ない。
     だったら黒砂青松と言えばいいし、黒や灰色の砂はそれはそれで美しい。 なんで白砂な
    どと実態とかけ離れた言い方をするのか。
     話がそれてしまったが、このパトニーズビーチの砂は文字通り白砂である。 美しい。
     だが私がまっすぐこのビーチを目指したのは、砂の色ではない。 その砂が「鳴き砂」で
    あることが理由である。
     鳴き砂。 汚れのない石英質の粒を主とする砂でできた浜辺などで、歩くと砂がキュッ、
    キュッと鳴る。 石英粒の間に不純物が混じると石英同士の摩擦が鈍って鳴らなくなるから、
    背後に石英を多く含む地層があって人間の出入りが少ないというような条件が重ならないと、
    なかなか鳴き砂の浜というのは出現しない。 引き波によって海中に運ばれた砂が寄せ波に
    よって浜に打ち上げられる。それを連綿と繰り返して洗浄された末の現象であるから、砂の
    流出で海岸線が年々後退している日本の浜辺ではなかなかお目にかかれない。全国で17か
    所しかないという報告もある。
     パトニーズビーチの砂が鳴き砂であることは何かで聞いて、機会があれば行ってみたいと
    思っていた。 ヤプーンでの仕事は、大きな声では言えないが、無理に作った仕事でもある。
     期待にたがわず、砂はよく鳴った。 摺り足で歩いてもいい。手の平でこすってもいい。
    キュッ、キュッと小気味よく鳴る。
     辺りはまったくの無人であった。 8月上旬で、オーストラリアは冬。 とはいえ熱帯性
    気候に属するこの辺りでは最低気温が16℃くらいだそうだから多くの人が半袖で過ごして
    いるし、海で泳いでいる人も珍しくない。
     無人をよいことに、私は秘かに持参したフィルムケースに砂を詰めた。 言うまでもない
    が、砂や土は持ち帰りが禁止されている。 辺りを気にしながら小さなケースに急いで砂を
    入れている様は、我ながら絵にならない。
     余談になるが、この翌年、同僚のTさんとケアンズ沖のグリーン島に行ったとき、私はや
    はりフィルムケースを5・6個持って行き、島のあちこちで砂を採った。 しかし帰りの船
    に乗るときに係員が目を光らせていると聞いて、それらを捨てようかと思った。 未練がま
    しく1個だけ持ち帰ろうかなどとつぶやいたところ、Tさんが言った。
     「見つかって没収されるときは何個だって同じですよ」
     なるほど、それはそうだ。 私は全部のケースをバッグの底に入れ、まんまと持ち帰った
    が、Tさんの大胆さに比べて自分がいかに小心であるかを思い知らされた。
 
     パトニーズビーチの砂浜を堪能したあと、島のリゾート施設で昼食を取り、そこでお勧め
    のビーチを訊くと、ケッペルヘイブン Keppel Haven(ケッペル避難港)がいいと教えられた。
     私はそれをケッペルヘブン Keppel Heaven(ケッペル天国)と聞き違え、それは名前から
    して良さそうな所だと早合点。 勇んでそこに向かった。
     まさしく天国のような所で、人数こそ少ないが泳いでいる人もいる。 沖合はターコイズ
    ブルー、手前はターコイズグリーン、そして足元は無色透明で、そこに帆を畳んだヨットが
    浮かんでいる。
     ロズリンベイでフェリーが浮かんでいると書いたが、ここでのヨットもまさにその通りで、
    水に乗っているというより空中に浮かんでいるように見える。 なるほどこれは天国だと半
    ば夢心地で歩いていたとき、砂の上に仰向けになって陽を浴びている女性が目に入った。 
     全裸である。
     浜辺でトップレスの女性を見かけることは時々あるが、一糸まとわぬ姿で無防備に全身を
    さらしているなどという場に出くわしたことはないから、心中周章狼狽したことは白状しな
    ければなるまい。
     加えて、これがなんとも情けなく自分を許しがたい失態なのだが、私はそのときスーツに
    ネクタイ、革靴で、ビジネスバッグを左手に下げていたのである。
     島からフェリーでロズリンベイに戻って、そのままもう一つの仕事に向かおうという算段
    をしたときに、服装のことが気にならなかったわけではない。 しかしビーチで遊ぼうとい
    うつもりではないし、歩くだけなら革靴でもとくに問題はない。 オーストラリアのビーチ
    では砂が靴にくっついて困るということはなく、アスファルトに戻って数歩歩けば砂が跡形
    もなく落ちてしまうということは経験済みでもある。
     ただ、島のビーチにヌーディストがいるかもしれないということは毫も頭に浮かばなかっ
    た。
     こちらも裸同然の恰好をしていれば、互いに海水浴客という範疇で許し合えるし、警戒心
    も湧いてはこないであろうが、スーツにネクタイというのはいかにも異質である。
     いったいこの男は何しにきたのだろうという疑念を抱かれても仕方がない。
     今来た道を戻る気にはなれぬし、先に行くにはどうしてもその女性の近くを通らねばなら
    ぬ。
     私はいかにも無関心を装いながら歩を進めたが、ひたすら前を見つめて歩くのも不自然だ
    し、きれいな海に顔を向ければ否が応でも女性が目に入ってしまう。
     他に人がいなかったわけではなく、先述のとおり泳いでいる人もいれば砂浜を歩いている
    人も数人はいたと思うが、当然ながら皆水着姿である。
     場違いを通り越して変質者とも思われかねない自分の姿に、脂汗をかく思いで通り過ぎた。
     数時間後、フェリーに乗ったが、乗客の中にあのビーチにいた人がいるのではないかと思
    うと、どうも居心地が悪く、とてもジュゴンを探そうというような気にはならなかった。
     いつか同じシチュエーションでグレートケッペル島に行くことがあるとは思えないが、仕
    事のついでにどこかの島に行くようなことがあったら、港のトイレで着替えをして、スーツ
    は車に置いて行くべきだと、強く思い定めた経験であった。
  
ああ言えばこう言うオッチャンたち 終わり悪ければすべて悪し
      7月末掲載予定
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