ああ言えばこう言うオッチャンたち



            ノースストラドブローク島でたじたじ

     ノースストラドブローク島(North Stradbroke Island)。 
     オーストラリアのクイーンズランド州にある島で、全島が砂でできているとのこと。
     ブリスベンから直線で20数kmにあるクリーブランドからはフェリーが出ている。 た
    またまクリーブランドのモーテルに宿泊していた私にとっては日帰りも可能で、日曜日を潰
    すには恰好の場所であった。
     町の東端にあるフェリー乗り場で切符を買うが、その前に確かめなければならないことが
    あった。 岩盤もない砂の島に2WD、ノーマルタイヤで行けるのか? 食糧は用意してい
    かなくていいのか?
     「ノーマルタイヤで島内を走れますか?」と訊くと、間髪を入れず『あなたはノーマルド
    ライバーですか?』と訊き返された。
     「うーん・・・そのつもりだけど」
     『だったら大丈夫ですよ』
     「島で食事はできますか?」
     『シマウマの肉?』
     「?・・・いや」
     『トカゲの肉?』
     「いやいや、普通のビーフでいいんだけど」
     『だったら大丈夫ですよ』
     チケットブースでの会話としてはまったく想定外の内容であった。 あとで考えると、こ
    ういうやりとりは互いに軽いノリで進めるものなのだろうが、いかんせん私の英語力では先
    ず相手の言うことを聞き取ることに集中しなければならず、「ああ、冗談か」と気づいたと
    きにはもう、次の話に移っている。

     ともあれ切符を買い、フェリーに乗り込む。
     フェリーというと、下が車の格納庫で上が客室や売店、レストランという船を想像してし
    まうが、ここのフェリーは甲板がそのまま車のスペースになっていて、乗客は車のボンネッ
    トやトラックの荷台に腰かけての航行となる。 私も車から出たまま、なりゆきで甲板の木
    箱に腰かけていたので確認はしていないが、客室などはなかったように思う。
     どうやら島で釣りの大会でもあるらしく、屋根に太い釣竿を固定した車が多い。 竿を手
    に持っている人もいる。
     見るとどの車もいかついタイヤをつけた4WDで、ノーマルタイヤの普通車は私のレンタ
    カーだけだ。 それには周りの人たちも気がついたらしく、誰ともなく話しかけてきた。
     『何を釣るんだい?』
     「いや、釣りじゃない。 砂を採りに行くんだ」
     『砂? サンドバッグでも作るのか?』
     私は、いやいやそうではない、各地の砂の標本を作っているので、ほんの30ccでいい
    んだと説明したが、私の英語の拙さもあって、それっぽっちの砂を採ってどうするのか、ど
    うも理解できなかったようだ。 まあ、どうしても理解してほしいというわけでもない。

     それよりクリーブランドとノースストラドブローク島の間にはジュゴンやウミガメが生息
    していると聞いている。 砂の議論などどうでもいいから、ジュゴンを見たいものだ。
     言うまでもないが、ジュゴンは人魚のモデルだと言われている。
     いったい、どういう目で見たらジュゴンが人魚に見えるのか。 いかにオンナに飢えた船
    乗りでも、グロテスクとさえ言えるジュゴンを見て、妖艶この上もない人魚を思い浮かべる
    筈がない。
     ではあるが、ジュゴンがいると聞いては探さずにはいられない。 目を皿にして海面を見
    つめること1時間弱。 ジュゴンはおろかクラゲの一匹も見つけられないまま、船は島の北
    西部にあるダンウィッチという港に着く。
     島内は、北部に限って言えば舗装されている道が多く、2WD,ノーマルタイヤで十分に
    走れた。
     まずは島の北東部にあるポイント・ルックアウトを目指す。 イーストコーストロードと
    いう幹線道路を行けばよく、迷う心配はない。 20km弱か。
     名前のとおり天然の見晴らし台のような所で、高い崖の上から足下の透明な海がくっきり
    と見える。 崖上からイルカやクジラが見えるというふれこみであったが、かなり長い時間
    頑張ったにも拘わらず、まったく見えなかった。
     あとで近くの雑貨屋兼食堂のような店で訊いてみたが、「観光用の宣伝文句さ。俺なんか
    〇十年もここに住んでるけど、クジラなんて見たことないよ」という返事だった。 「〇十
    年」というところは確かに聞いたのだが、忘れてしまった。 仮に一番短くて20年として
    も、そこに住んでいる人が20年も見たことがないというのだから、まあ、よほどのタイミ
    ングでなければ見られないのだろう。
     また別の男性は、クジラが見られないという私に向かって、「あんた、日本人だろ? ク
    ジラも怖がって出てこないんだよ」と言った。
     「え? どういうこと?」
     聞き返しながら、ハッと思った。 そうか、オーストラリアはシーシェパードの活動拠点
    の一つだったよな。
     そう思って、日本人はクジラを無駄に殺しはしない、鯨油だけを採ってあの巨体をほとん
    ど海に棄てているどこかの捕鯨国とは違うんだ、などと説明を試みたのは、我ながら無粋な
    ことであった。
     私が拙い英語で複雑な説明をしようと四苦八苦しているのを見ながら、その場にいた人た
    ちが言った。
     いやいや、冗談だよ。 オーストラリア人だってクジラを食べるし、シーシェパードを支
    持している奴なんてほとんどいない。 それにオーストラリア人はワニやミミズを食べてる
    よ。 日本の食文化はオーストラリア人の憧れだ。
     私はホッとして、よせばいいのに、ポーリン・ハンソンの支持率が上がっているようだが
    と、相手の顔色を見ながら切り出した。 当時なにかと話題に上っていた白豪主義者だ。 
    2年前にアジア人排斥を唱えてイプスウィッチの市議会議員選挙で当選した女性で、ちょっ
    とした“時の人”であった。
     そのハンソン女史の名を聞いたその場の男性たちは、一斉に笑い出した。
     「ハンソン? よしてくれ。 キチガイ婆さんだよ。 誰も相手にしてないし、もう過去
    の人間さ」
     重ねて白状するが、この会話もスラスラできた訳ではない。 訊き返したり言い直したり
    して、やっとこさっとこやり取りし、さらに解らないところは推測で補いながらの会話であ
    る。

     クジラが見られなかったのは残念であったが、まあ仕方がない。
     しからばコアラでも見に行くか、ということで、島の北端アミティ・ポイントに向かう。
      野生のコアラを観察できると観光案内に出ていた所で、ポイント・ルックアウトからは
     海沿いの道をゆっくり走って30分ぐらいだったろうか。
      そのアミティ・ポイント。 波止場には多くのレジャーボートが繋留され、その杭の1
     本1本にペリカンが止まっている。
      ペリカンなんてものは日本では動物園でしか見られないので、野生のものを見ると、な
     にか自分がすごい所にいるのだという感じがしてくる。
      ゆっくり近づいてみると、悠然と飛び上がる。 その動きは実にゆっくりしているよう
     で、こちらの手が届く前にちゃんと離れるのが忌々しい。
      屋台と見紛うような小さな店で、サンドウィッチとコーラを買い、日本ではケージに入
     ったペリカンしか見られないと言うと、すかさずオーストラリアでは檻に入った猿しか見
     られないという返事が返ってきた。 どうもこの島の人たちは、ああ言えばこう言うのが
     普通のようだ。
      コアラを見に来たのだと言うと、今日は日曜だから出てこないよと言われた。 まった
     く!
      そしてその通り、しばらく林の中を探したが、コアラはとうとう見られなかった。
      そんなこんなで島内の観光ポイントを何か所か回り、海岸や湖畔で砂を採ると、やるこ
     とがなくなってしまった。 なにしろ南北38km、東西20kmほどの小さな島である
     から、車で回ればあっという間だし、観光施設と呼べるものも、スーパーマーケットもな
     いから、野生動物でも探すくらいしか時間の潰しようがない。 その野生動物が既に述べ
     たとおりほとんど見られなかったのだから、自然の美しさこそ文句なしといえども、そう
     そう眺めていられるわけでもない。
      帰りのフェリーは島でたっぷり遊ぶつもりで最終便の切符を買ってあった。 これはい
     ささか雑過ぎる計画であったと後悔しきり。 ダメ元でフェリー乗り場に行き、折しも着
     岸していたフェリーの乗員に直接訊いてみた。
      「最終便のチケットを持っているんだけど、この便に乗せてもらえないだろうか?」
      『クリーブランドで誰か待っているのかい?』
      「ん・・・? そう・・・そうなんです」
      『じゃあ、いいよ。 待ってる女によろしくな』
      「えっ? そういう訳じゃあ・・・」
      『早く乗りな。 出るよ」
     という流れで、あれよあれよという間に甲板に立っていた。

      かくして、とうとう最後まで、ノースストラドブローク島の男たちの会話のリズムには
     乗れないまま、まだ明るいモートン湾をクリーブランドに向かう。 やっぱりジュゴンは
     見られなかった。
キウイイングリッシュ スーツ男とヌーディスト
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