人生の主役


輝く個性が主役の条件



 悲しいことに、人間はいつか必ず、死という形ですべてを終えなければならない。
 人生にはリハーサルがなく、ゆえにうまくいく人生もあれば、途中でやめたくなるような惨めな人生もある。いっそぜんぶ最初からやり直せたらと思うこともあるが、残念ながら人生にはやり直しもない。
 即ち、人の一生はぶっつけ本番、たった一度の公演で永遠に再演されない舞台劇のようなものである。生まれたときが開演、死ぬときが幕の下りるときで、カーテンコールは無い。脚本・演出は自分。主役をつとめる俳優は、もちろん自分である。
 輝かしい、充実した人生を満喫している人もいれば、いったい何の為に生まれてきたのかと思われるような詰まらぬ人生を送っている人もいる。
 親の育て方が悪くて・・・、家庭が不和で・・・、先生の教え方が悪くて・・・と、不遇をかこつ者がいるが、それは他人の書いた脚本で自分の人生を演じているということで、これほど詰まらぬことはない。第一、脚本が詰まらぬからという言い訳をしてみたところで、それで主役が輝いて見えるなどということはないので。
 容姿が劣るから・・・、と身の不運を嘆く者がいるが、「運」などという他力によってたった一度しかない自分の人生を曇らせていくつもりか。
 確かに、大金持ちの家に美男美女として生まれ、知能も運動能力も抜群というような運の良い人がいるのは事実で、そういう人は生まれながらにして有利なのだと羨ましくも思う。
 しかし、そんな運に恵まれたのはなにも自分の手柄ではない。逆に極貧の家に醜女として生まれ、頭も悪い駆け足は遅いというツキのない人間も、それは所詮他の何者かが書いた脚本に過ぎないわけで、自分の悪行の報いということではない。
 だったら、そんな他人の書いた脚本に従って自分の人生を曇らせてたまるかと思う。
 負の条件をプラスに変える脚本は自分で書こう。一度しかない人生を、自分で色づけ、主役として演じていこう。

 さて、脚本を自分で書くと言ったって、どう書いていいか分からない。主役を演じると言ったって、どう演じていいか分からない、という問題がある。それはそうだ。なにしろ人生にはリハーサルというものがないのだから、書き方も演じ方も事前に習うことができないのである。
 しかし、案ずることはない。人間には言葉があり、知恵というものがある。他の動物は自分で経験しないことは理解できないが、人間は言葉を通して他人の経験から学び、他人の意見から善悪可否を判断する能力を持っている。東西の先哲を訪ねるまでもなく、周囲を見回せば、優れた脚本を書き、堂々たる主役を演じている人は必ずいる。虚心坦懐に教えを乞えば、自分の人生舞台を輝かせる道は必ず見つかる。
 次の問題は、主役たる俳優の個性である。優れた俳優は強烈な個性を持ち、ゆえに脚本はしばしばその個性に合わせて書かれるという。個性のない俳優は、単なるマリオネットに過ぎない。
 思えば近年、若者の没個性ぶりには憂国の感がある。品性を疑う短いスカートにだぶだぶのソックスを履いた女子高校生が赤く染めた長髪を掻き上げて大きなピアスを揺らしながら携帯電話をかけている姿には、個性のひとかけらも無い。何とかいうテレビタレントの影響だというが、それでは、くだんの高校生たちはそのタレントの脚本で生きているということではないか。
 男子高校生もまた然り。寝起きのような、それでいて実は鏡の前でドライヤー片手に何十分もかけて逆立てた頭にニットの帽子を被り、細く下げたもみあげの後ろにはピアスを光らせ、ずり下げてわざと裾を擦り切れさせたズボンのポケットからは携帯電話のストラップをこれ見よがしにぶら下げる。これまた芸能人の真似だというのだから、いかに能力が低いとはいえ、情けなくて言葉もない。
 “流行”という名の猿真似。“ブランド”という名の物真似。すべてこれ、主役としての誇りを持ち得ない大根役者の悲しい根性が為させるさもしい所作である。
 結婚式と披露宴が退屈なのは、新郎新婦の顔がやや違うだけで、始めから終わりまで皆同じような衣装で同じ動作を繰り返しているからであろう。式場の書いた脚本に従って、ただ流れ作業で処理されるブロイラーのように追い出される2時間、新郎も新婦も式場を主役とする舞台の小道具でしかない。
 成人式で着慣れぬ振袖で便所にもゆけず、飲み食いをこらえて市民会館の前に群れている女たちは、着物業者に操られるマネキン人形でしかない。

 人生の主役は自分である。
 流行に従い、芸能人の真似をし、皆がやるからといって牧場の羊のように群れのあとをついてゆく人間に、主役はつとまらない。

          
※ この文章は1998年に勤務先の高校で生徒向けに書いたものです

 
      

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