一度かぎりの生


 人は何のために生き、何のために死ぬのであろう。
 太陽の寿命といわれる百億年でさえ、宇宙の時間の中では瞬時にして過去のものとなる。まして人に与えられた時間は僅か百年でしかない。
 神が何がしかの意図をもって我々をこの世に送り込んだとすれば、百年は、そのための必要にして十分な時間なのであろうが、それにしても一度かぎりとは厳しい。しかも神はなぜか、その意図を我々に明かしてくれない。
 ゆえに私たちは、自らの命の目的、言い換えれば自らの為すべきことを探り当てるだけで何十年も費やしてしまう。それもうまくいっての話であり、殆どの人は、それすら分からぬままに死んでゆく。
 かくいうこの私もまた、自分が何のために生きているのか、確たる信念を持ち得ず、とりあえず目の前の雑事を処理し、動き回るだけで毎日を過ごしている。
 それは、私の全生涯を捧げる対象というものではなく、あくまでも“とりあえず”、“目の前の”対象というに過ぎないから、常に不安や迷いを伴っていて、我ながらなんともじれったい。
 こんなことで、やがてくる死の床で、私は自分の生が果たした役割と、これからの死が果たすであろう役割を自覚できるのだろうか。
 無論、これからも生と死の意義を問い続けてゆくつもりではいるが、私に残された時間は更にまた短い。
 願わくは諸君のように若い人たちが、今のうちから真剣に、自分の生の果たすべき役割を見定め、そのためにいかに生くべきかを考え、神の信託に応える時間を長く持てるよう、努力してほしいものである。

 
※ 1994年、勤務先の高校で生徒向けに書いた文章です。学校新聞の片隅に載せたもので、字数に制限があり、意を尽くせませんでしたが、そのままここに転載しました。 

追記
 上の文章を書いてから20年近くが過ぎました。
 それなのに、いまだに生きる目的というものが見つかりません。
 思い返すと、そのときどきで夢中になったことがない訳ではありません。教員になって何年かは体操部の指導に明け暮れました。土曜も日曜もなく、盆も正月もありません。1年目などは、記憶に間違いがなければ休んだのは友人の結婚式での1日だけ。つまり364日は出勤したと思います。
 それなのに、熱は6、7年で冷め、しばらくして古代エジプト研究部などという怪しげなものを立ち上げるとそれに没頭し、その後はまた国際交流と称してオセアニアとの行き来が続きました。この二つは一時期重なりましたが、それぞれ15年ほどかなりのエネルギーを注いでいます。
 しかし、そのさ中でも、自分のやっていることがライフワークだと思えることはありませんでした。それらは多岐にわたる教員の仕事の中の一部であり、今にして思えば果てしなく続く精神的消耗からの逃げ場だったのかも知れません。
 その証拠に、教員を管理する立場になってからは「こんなことをするために教員になったのではない」と煩悶する毎日でしたが、最後の5年ほどは文化部を盛り上げる活動に関わり、それが自分でもそれと分かる“救い”になっていました。
 教員生活の大半を生徒指導畑で過ごし、これにはささやかな自負も持っています。「生徒指導」というのは業界用語のようなもので、世間的には「生活指導」といった方が通ると思います。
 校内での指導はいろいろあるのですが、外から見て分かりやすい仕事には盛り場の巡回などがあります。万引きした生徒を引き取るとか、暴走族を追いかけて生徒との接触を防ぐとか、ときにはシンナーの匂いと煙草の煙が充満する溜り場に踏み込むようなこともあります。
 この仕事は曜日や時間に関係ないし、ときには身の危険を感じることもあってきついのですが、否応なしに使命感が刺激され、やってみればまんざら悪い仕事ではありません。私は自分の教員生活の中心は生活指導だったと思っているくらいです。
 ではありますが、それでも、神が私をこの世に送り出したのはこの生活指導をさせるためだったのだ、とまでは思えないのです。
 そんな具合で、42年間もの教員生活をしていながら、結局のところ「生きる目的」といえるものは見つかりませんでした。
 退職して間もなく4年。コミュニティ活動に引っ張り出されて思わぬ多忙老人になっているのは幸せなことですが、この活動が生き甲斐になっているという訳でもありません。この先のめり込んで余生をコミュニティに捧げようという気になってもいません。
 この世に生まれ出た責任を果たして、神から「あいつを生まれさせて良かった」と言ってもらえる人間になりたいという気持はまだあるのですが、何をすればそう言ってもらえるのか、残された年月で分かるでしょうか。


 
いい加減にしてくれませんか(1)  徐福考 
     
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