九州往復ケチケチ旅行(1)


 

親が見せたいものに子供は興味なし



      家族での国内旅行は、長くても4泊5日というところであった。
      それも車で寝たりキャンプ場に泊まったりという安上がりを旨とし、民宿や国民宿舎、
     国民休暇村などは贅沢な部類に入った。あるとき息子が「うちの泊まる所はいつも“国民”
     が付くね」と言ったのが忘れられない。
      そこで、というわけでもないが、その息子が高校2年の夏、「国民」が付かず、キャン
     プ場でもない「旅館」「ホテル」に泊まりながら10泊11日の旅行に出かけた。
      いや、こう書いては嘘になる。「旅館、ホテルにも泊まりながら」と書かなければなら
     ない。「にも」ということは、旅館、ホテルだけではないということで、民宿や遠い親戚
     などにも泊まり、船中泊もした。しかも交通費を節約するため11日間の移動はフェリー
     を除いてすべて車であったから、やはり世間並みというにはほど遠い。
      それでも自分たちで炊事をしなくてよかったし、布団にも寝ていたのだから、我が家と
     しては豪勢な旅と言ってよいだろう。

      1992年、夏。長男17歳、次男12歳、長女10歳。誰もが国内旅行としては最長
     日数を経験することになる。
      初日は早朝5時前に家を出て、コンビニで買った朝食を食べながら走る。この辺はいつ
     もの我が家のパターンで、なんとも貧乏くさい。
      東名高速の静岡インターに着いたのが9時半。この日のお目当てである登呂遺跡に向か
     う。
      ここには何度か来ており、長男とはちょうど10年前に来た。どうも来るたびに様子が
     変わっている。
      私自身は高校2年、つまり今回の長男と同じ歳で初めて来たのだが、そのときは一面の
     野原の中に住居跡が点在しているという感じであった。
      それがどんどん整備され、竪穴住居跡もきれいに刈り込まれた草の緑に覆われ、さなが
     ら公園の芝生広場といった趣きになっている。遺跡というよりは観光施設という感じで、
     有料駐車場というのが、なんとも興醒めだ。
      旅行で同じ所を訪ねると、前回にはなかった観光客目当ての施設が林立していて驚くこ
     とがよくある。整備というと聞こえがいいが、ホテルや駐車場、土産物屋や娯楽施設など
     が史跡や自然にどんどん入り込み、中には古い建物が映画のセットのように塗り直された
     りしている所もある。
      福井の東尋坊、茨城の袋田の滝、高知の足摺岬、西安の大雁塔、アムステルダムのアン
     ネの家などなど、数えていったらきりがない。
 今回の登呂遺跡の様子にも、私は内心がっかりし
たのだが、それはともかくとして、親であるから子
供を教育しなければならぬと、登呂遺跡について説
明にこれ努めた。弥生時代後期の水田遺跡であるこ
と、住居は竪穴式であること、収穫した稲を保管す
る高床式倉庫があることなどなど。
 しかしけしからぬことに、長男はそんなこと知っ
てるよという態度をとり、下の二人は石碑に登った
り柵の上を歩いたりで、私の話などてんで聞いてい
ない。

 コンビニで昼食を買って東名高速に戻る。高速道
路ならサービスエリアで美味しいものがいくらでも
     食べられるというのに、我が家の子供たちは昼は車中で食べるのが普通だと思っているの
     か、文句も言わない。
 
      第二の目的地、彦根城に着いた。
      屈指の名城であるから、ただ見て回るというわけにはゆかぬ。
      「この城は井伊直継によって築かれたもので、国宝になっているんだ。国宝の城という
     のは4つしかないんだぞ。ここは平地の中で小高い丘の上に作られていて、そういうのを
     平山城というんだ・・・」
      次男が反応した。
      「オレの友達で平山君って子がいる
     よ」
      私は諦めた。我が家では登呂遺跡も
     彦根城もただの遊び場としての意味し
     か持たないのだ。

      京都市内の宿に入る。名の通った一
     流の旅館で、私は仕事で何度となく泊
     まっている。
      仕事で、ということは自分のカネで
     泊まったことがないということである
     が、今回は違う。その上、仕事とはい
     え常連であるから手厚いサービスを受けた。妻と子供たちも、お父さんはエライんだと、
     私を見直したに違いない。
      実は、翌朝の会計で示された額はタダ同然であった。形式的に追加ビール代980円を
     言われただけで、それがすべて。
      私も一応、それは困る、ちゃんと取ってもらわないと、などと押し問答らしきことはし
     たのだが、むろん受け取るわけはない。内心おおいに助かったと思ったが、このことは家
     族には言っていない。

      2日目は銀閣寺から。
      初めて車で行ったが、駐車料金800円というのが腹立たしい。駐車場がなければ行か
     ないのだから、いわば集客の手段としての駐車場であろう。それなのにカネを取ってさら
     に拝観料を取るのだから、あこぎな話だ。
      大人3人、子供2人の拝観料が計1600円。駐車料金と合
     わせて2400円を払っての見学であるが、この見学によって
     寺の物を消耗したとか、案内を頼んで人件費を使わせたという
     ことは何もない。
      つまり寺は私たち家族が見学したために出費があったわけで
     はないのだ。それなのに2400円もふんだくるというのは、
     仏の道に反するのではないか。
      渋い意匠の観音殿(銀閣)、錦鏡池を巡る庭園、白砂を敷き
     詰めた銀沙灘、前衛的ともいえる向月台など、高度な精神性を
     感じさせる寺だけに、よけいその商魂が興を削ぐ。
      それでも、そういう部分を除けばやはり魅力的な場所ではあ
     る。私は修学旅行の引率という仕事で何度も来ているほかに、
     それと同じくらいの回数を個人で来ている。
 
      それに引き替え、金閣寺というのは魅力に欠ける。私自身は
     高校時代に修学旅行で来たのが初めてであるが、写真も撮って
     いるのにまるで記憶がない。あとは引率で何度も来ているもの
     の、自分で拝観料を払って見学したことがない。そういう気に
     なれないのだ。
      とはいえ、今回は家族サービスの旅行であるから、これだけ
     有名な場所を素通りするわけにもゆかず、気の進まぬままにハ
     ンドルを切った。
      またぞろ法外な駐車料金を取られるのかと思いながら行ったのだが、なんとここの駐車
     料金は300円であった。このくらいなら腹も立たない。
      しかし、中に入ってみればやはり白けた気分にはなる。
      高校時代、先生が「金閣寺を建てたのは誰か?」と生徒に答えを促した。
     私は劣等生ながら歴史だけは得意(のつもり)であったから、即座に「足利義満です」と
     答えた。先生は「残念、大工さんでした!」と言って教室が笑いに包まれた。
      私は面白い先生だと思ったが、その後それが使い古されたジョークだということ、さら
     にクラスの何人かはそのジョークを知っていて、先生の話の展開を予想していたというこ
     とを知らされ、天狗の鼻をへし折られた気分になった。
      その大工、室町時代の大工が建てた金閣はどんなものだったのだろう。昭和25年に一
     人の学僧による放火で全焼してしまったので、私が高校時代に初めて見た金閣は再建され
     たもの、すなわち現在建っている金閣である。
      むろん忠実に復元されている筈であるから、見た目はほぼ同じであろうと思うのだが、
     だとすれば随分と趣味の悪い建築であったと思う。
      一階、二階、三階とそれぞれが時代も様式も違う形になっていて、それが「見事な調和」
     を醸し出しているというのだが、私にはどうもちぐはぐな感じにしか見えない。なにより
     も上二層に貼られた金箔がいただけない。
      金というのはなんとも俗っぽいもので、文字通り成金趣味の最たるものである。
      豊臣秀吉の黄金の茶室は言うに及ばず、近年では純金の浴槽を売り物にしている旅館や
     壁一面に金箔を貼った部屋を自慢している芸能人などが紹介されているが、悪趣味の極み
     であり、人格までも疑ってしまう。
      とまあ、偏見のそしりを承知で私の辟易する気分を述べたが、我が家の子供たちはそん
     なことにはお構いなく、池に足を突っ込んだりして遊んでいる。いずれにしてもわざわざ
     連れてくる価値はなかったと言わざるを得ない。

      そのあとは嵐山で昼食をとり、その後2、3か所回って神戸に向かう予定であった。
      ところが嵐山から阪九フェリーに電話をしてみると、台風9号が接近しているため、予
     約してある新門司港行きのフェリーが欠航になるかも知れないという。
      フェリーは明日の朝新門司港に着く予定で、それに従って3日目以降の行程が組んであ
     り、宿泊の予約もすべて済んでいる。だから欠航となれば急遽陸路を500km以上走っ
     て今晩中に九州に入らねばならなくなる。
      京都観光どころではなくなった。とりあえずフェリーの乗船場まで行き、運行の可否を
     確かめてから次を考えることにする。昼食はお得意のコンビニ調達に変え、神戸に向かっ
     た。
      名神高速、阪神高速を通って午後1時半、六甲アイランドの阪九フェリー神戸ターミナ
     ルに着く。嬉しや、船は出るとのこと。
      そうなると、出航は7時であるから、まだ5時間ほどある。それまで待合室のベンチに
     座っているという手はない。神戸北野地区散策と洒落よう。
      三宮駅近くのコインパーキングに車を停めて、まずは北野坂を登る。登り切った辺りで
     異人館巡り。といっても外観だけ。ほとんどの建物が有料だから、家族で入れば安い所で
     千円はかかり、2、3軒入ったら昼食代が飛んでしまう。
      実は私は過去にあちこち入っているのだが、それは一人だからであり、一人なら何軒入
     ってもたかが知れている。家族旅行となると、どこに入るにも何を見るにも一々掛け算を
     しなければならず、その金額には溜息が出る。
      「お父さん、入ったことあるの?」
      「うん」
      「どうだった?」
      「つまらないよ」
      これで終わり。
      幸い子供たちは異人館の珍しい外観や広場の彫刻に興味を示し、建物の内部に入ろうと
     は言わなかった。2、3か所、無料の建物に入ったが、そこは大人でもつまらない所だっ
     たので、子供たちもそれ以上入ろうという気にならなかったようだ。
      かなり時間をかけて散策したあと、港に戻る途中でコンビニに寄り、船中で食べる夕食
     を買う。この日は3食ともコンビニで調達ということになってしまったが、経費節約のた
     めには結構なことだ。
      船は2等指定洋室Bという8人部屋を予約してあった。
      これだと車両・運転手で18,330円、妻と長男が大人料金で各6,900円、次男
     と長女が子供料金で各3,450円、あと使わない3人分の料金は子供の幽霊3人と考え
     て各3,450円、合計49,380円ということになる。
      2等船室に雑魚寝すれば3万円ほどで済むことを考えると、我が家としては痛い出費だ
     が、船酔いで他人様の前で吐いたりする心配もあって、思い切って家族だけの空間を買う
     ことにしたのだ。
      まあ、前夜の宿泊費10万円ほどがタダになったのだから、このくらいの贅沢は結果的
     には良かったと考えよう
      乗船して、なにはともあれ風呂に入る。
      過去の船旅ではいつも遅く入ると浴槽の湯が汚れていた。船中では真水の備蓄量が限ら
     れているからだと勝手に思っているのだが、あくまで推測の域を出ない。
      このときはさすがにきれいな湯で、人もほとんどいなかったから、息子2人とゆっくり
     湯に浸かり、極楽気分を味わうことができた。
      浴槽の縁と湯との角度が絶えず変わる。停泊中でも揺れているということだ。
      湯から上がると、船は既に動き出していた。ビールと家族の飲み物を買い、夕食。やは
     り家族だけの空間は気が楽で、コンビニ調達とはいえ、結構な食事ができた。宿代が浮い
     たせいもあって、いつになく買い込んであったので、子供たちも大満足。安上がりな家族
     だ。
      真夜中、瀬戸大橋の下をくぐる。子供たちはその橋を見るのは初めてだったので、全員
     でデッキに出て、口を開けて仰ぎ見る。
      明日の朝には福岡県だ。福岡県というのは、名所旧跡もさることながら、友人知己親類
     を通じて親しみを感じる県であり、明日は人に会う予定もある。
      漆黒の海を眺めながら、少しばかり気持ちが昂るのを感じていた。



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