子供の元気で親はくたくた(2)


   子供料金も払ったというのに



     その晩はグランドキャニオンの町にある小さなモーテルに泊まった。
     夕食は子供たちの希望でマクドナルドのハンバーガーになる。せっかくの旅行でハンバー
    ガーとは侘しいが、食事代が安く済むという点ではありがたい。子供のわがままを良かった
    と思う、数少ない場面だ。
     巨大スクリーンでグランドキャニオンを紹介する「アイマックス・シアター」というのに
    入る。グランドキャニオンの谷間をボートや飛行機に乗って巡るという作りで、自分が実際
    に乗っているような錯覚から、乗り物酔いになる。
     次男と娘は画面が動き出す前から寝てしまい、入場料を損した気分だ。
     モーテルに帰り、星空を見るため外に出る。繁華街から離れた安宿だったのが幸いして、
    満天に星が乱舞している。流れ星が天の川を横切る。
     子供たちに、あれが天の川だと教えたが、煙だとか雲だとか言って納得しない。あの辺り
    に星が集まっているから無数の星が重なって白っぽく見えるんだよと説明するが、あんな星
    はないと言い張る。あまつさえ、「つまんない」とかほざいて部屋に戻ってしまった。
     思えば木更津はすっかり空が汚れてしまい、星は数えられるくらいしか見えない。だから
    天の川など見たことがない子供たちには理解できなかったのであろう。
     私たちの子供時代は空が澄んでいた。田圃の稲藁を布団代わりにして朝まで星を見て過ご
    すこともよくあった。ときには七輪を持って行き、餅やスルメを焼いて食べた。そんなとき、
    天の川はいつも頭上にあった。
     高校時代にYという男がいて、星空を見上げながら星の名前や星の伝説を語って聞かせて
    は、次々と女の子を籠絡しているという噂だった。真偽のほどは定かではないが、それだけ
    星が見えたということだ。
     まあ、我が家の子供たちが天の川を見ても理解できなかったのは、無理もない。それにし
    ても「つまんない」とはけしからぬ話だ。

     翌日、遊覧飛行のヘリコプターに乗る。
     長男はパイロットの横に乗せてもらい、次男と娘は親たちと向かい合って後部座席に乗る。
    ヘッドホンをつけ、シートベルトを締め、期待が高まる。ふわりと浮き上がった。ところが
    娘はもう熟睡している。オイオイと声をかけたが、ヘッドホンのせいか、まるで聞こえない
らしく、微動だにしない。揺り起こそうにも、私
もシートベルトで固定されているので手が届かな
い。数分すると次男も眠ってしまった。
 いったいこれに乗るためにいくら払ったと思っ
ているんだ
 結局二人は着陸するまでそのまま眠っていた。
 それはそれとして、アメリカの自然はスケール
がでかい。前日崖の上から見たグランドキャニオ
ンもすごかったが、こうして上空から見る岩と谷
はまた全く別の顔をもっている。子供のころ学校
で習ったその場所を今自分が飛んでいると思うと、
時代が変わったとはいえ、身の幸せをつくづくと
感じる。

     アリゾナ州とネバダ州の境にフーバーダムがある。日本にある数千のダムを全部合わせた
    よりもはるかに多い貯水量だと聞いたことがあるが、確かに大きい。アーチ型の堰堤の上に
    州境があり、時計が2つついている。アリゾナ時間とネバダ時間だそうで、アリゾナ側に1
    歩踏み出すと1時間進み、1歩下がると1時間遅れる。
    その堰堤のたもとにパトカーが停まっている。といって、アメリカ映画で派手にカーチェイ
    スをやっているあの馬鹿でかいやつではない。昔のダイハツ・ミゼット・・・といっても知
    っている人は少ないだろうが、1950年代にダイハツ工業が中小零細事業者をターゲット
    として売り出した小型の三輪自動車で、日本中を席捲していたのではないかと思う。そのミ
    ゼットの車体を角ばらせたような按配だ。 車体に「POLICE」と書いてあるからパト
    カーだと思うだけで、どう見ても悪党の車を追いかけるなどということのできるものではな
    い。
     そのパトカーのすぐそばに真っ赤な大型セダンが停まっており、数人の男女が囲んでいる。
    見ると警察官が運転席の窓ガラスに細い棒のようなものを差し込んでしきりと何やら探って
    いる様子。さてはキーを差したままドアをロックしたのかと思うが、西部劇のように腰の拳
    銃をむき出しにした警察官がガラスに額をくっつけて悪戦苦闘している姿はどうもちぐはぐ
    だ。
     ダム湖はミード湖と呼ばれ、湖畔に粗末な休憩所がある。岸辺に沢山の鴨がいたので行っ
    てみる。人に慣れているとみえて、手を伸ばしても逃げない。湖水の透明度は相当なもので、
    水中でせわしなく動く鴨の足が見える。日本では浮かんでいる胴体しか見えないから、なに
    か不思議な感じだ。その足の下に無数の鯉。確かに鯉なのだが、胸ビレが長く、ちょっと見
    はニゴイのように見える。鯉にも種類があるのだろうか。
     そんなことを考えていると、子供たちがモーターボートに乗ろうと言う。実はモーターボ
    ートというのは操縦したことがないし、もちろん小型船舶操縦免許など持っていない。
     女房は大丈夫かという顔をしたが、ここで逡巡したのでは
    子供たちに父親の権威を見せられない。乗ってみるとボート
    は思いのほか馬力があり、水面をほとんどジャンプするよう
    に進む。もっとも琵琶湖ほどもある湖面にボートは数隻しか
    おらず、ぶつかる心配はない。
     舵を切ると体が外側に放り出されるような感覚になる。そ
    れでも子供たちは平気な顔で乗っている。どうも父親をすご
    いとは思っていないようなので、さらにスピードを上げたり
    したが、これはどうも大人としては褒められたことではない。
 
     この日はラスベガスに泊まった。24階の部屋で、そんな階に泊まったことのない子供た
    ちは大いに喜んだ。なにせ我が家の旅行ではいつも国民宿舎とか国民休暇村とかいう安い所
    ばかりで、長男などは、うちが泊まる所はいつも「国民」がつくね、などと言っていたくら
    いだから、24階といったらもう、エレベーターの中から大騒ぎだ。
     部屋につくなりコーラを買ってくると言って飛び出して行ったが、どうやら下までエレベ
    ーターで行くのが面白かったらしい。やっと戻ってきたと思ったら、次男が部屋の電話を耳
    に当て、
    「何か言ってるよ。英語だ
     と言う。
    「馬鹿
     叱りつけて受話器を置かせたが、今度は娘と二人で、ベッドとトランポリン代わりにして
    遊んでいる。
     私はもう叱るのも面倒で、風呂に入った。やれやれと思っていると、女房がドアを開けて、
    女の人が来たと言う。電話を受けたフロントが何事ならんと係りをよこしたらしい。間違い
    を詫びる言葉を女房に言わせて帰ってもらったが、それ以上湯に浸かっている気にもなれず、
    早々に上がってしまった。
     もっともまだ夕食前であり、どのみち出なければならなかったので、街をぶらつきながら、
    ディナーショーを観に行く。道路に面してカジノが並んでいて、私は入口付近に並んでいる
    スロットマシンを試した。子供連れではそこまでしか入れないという理由もあるが、たとえ
    入れたとしても奥でやっているゲームは賭け方が分からない。
     ルーレットは初心者でも楽しめるというが、どこにどう張ったらいいのか分からないし、
    バカラなんていうのは1回に何百ドルもかけるらしいから、そもそも私には縁がない。
     その点スロットマシンは簡単だ。コインを入れてレバーを引けばいい。
     1枚2ドルでマシン用コインを売っているのだが、私はケチって25セント硬貨をそのま
    ま入れるマシンで遊んだ。あちこちでジャラジャラとコインが出てくる音がしているので、
    期待は高まる。当たり方にもよるが、運が良ければ25セントが2万ドル、3万ドルにもな
    るらしい。それはまあ望めないとしても、10ドルぐらいの当たりはすぐ出るという。40
    回に1回当たれば損得なし、それ以下の回数で当たれば儲かるという計算だ。
     あっという間に手持ちの硬貨がなくなり、両替機に走った。それもすぐになくなり、結局
    10数ドル使ったが、1度も当たらなかった。なんだかものすごく損をしたような気分にな
    った。
     ディナーショーのステージは豪華絢爛で、これぞラスベガスという感じであったが、子供
    たちはすぐに飽きてしまった。
     そんな子供たちをなだめながら食事をしていると、バニーガールみたいな恰好をした女性
    が客たちの写真を撮りながら回ってきた。私たちの写真も撮り、買うならあとで持ってくる
    という。格別欲しいとも思わなかったが、まあ記念だからと思って承知した。
     それなのに、食事が終わると子供たちはもう我慢ができず、出ようとぐずる。食事だけな
    らもっと安いレストランでもよかったではないか。せっかく高い料金を払っているのだから
    最後まで観ていこう。そんな理屈は子供たちには通用しない。仕方がないからとりあえずホ
    テルに戻り、改めて「サーカス・サーカス」に行こうとタクシーを呼んでもらう。サーカス
    を呼び物にしているホテルで、無料のサーカスショーが行われていることは事前に聞いてい
    た。
     タクシーの運転手に行く先を告げ、走り出したときにこれまた次男が「サーカス・サーカ
    ス?」と訊いた。すると運転手がいきなり笑い出し、「サーカス・サーカス、イッヒヒヒ・
    ・・」と笑いながら次男の口真似をしている。おかしくて、おかしくて、たまらないらしく、
    いつまでも笑いが止まらない。「サーカス」という日本語の発音が、英語の
Circus と同じ
    ではないことは分かるが、そんなにおかしいのだろうか。
     それでもサーカス・サーカスは確かに面白く、射的だのボール投げだので遊びながら頭上
    を見上げると、綱渡りや空中ブランコをしていて、落ちてきたらどうしようなどと考えてし
    まう。
     さんざん遊んでホテルに帰ると、部屋の鍵が開かない。何度やってもダメなので、疲れた
    体でフロントに行ってカードキーの磁気を入れ直してもらい、ようやく部屋に入る。
     今日もよく遊んだなと思いながら湯船に浸かっているとき、ハッと思い出した。ディナー
    ショーの席で撮られた写真を、あとで取りにくると言っておいたのをすっかり忘れていた。
    今さらどうしようもない。ゴメン。

 
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