日本人には誇りがないのか(2)


ジェーアールって何?


JRで行った方が早いよ」
JRの駅から歩いて5分で」
 などと言う。
 ジェーアールって何なのか。どうやら
Japan Railway という言葉の略らしいのだが、それなら日本鉄道と言えばいい。単語を略して短く言うのは日本人の癖だから、日鉄といってもいいだろう。
 それをなぜ英語で、それも単語の頭文字だけをつないで言うのか。
 昔は国鉄と言っていた。日本国有鉄道、つまり国有鉄道だから私鉄に対して国鉄と言ったわけだ。その伝で日本鉄道だから日鉄と言ってもいいようなものだが、それだと新日鉄の通称と同じになってしまう。
 だから英語で、というのは理屈に合っているように思えるかも知れないが、日鉄という言い方とJRという言い方との間には決定的な違いがある。
 日鉄と言う場合は、「日」にも「鉄」にも意味がある。言うまでもなく漢字は表意文字であり、文字そのものに意味がある。だから日鉄と言えば日本を代表する製鉄会社や全土に張り巡らされた鉄道というイメージがおのずと浮かんできて、言葉に力が宿る。
 しかしJRと言う場合、「」にも「」にも意味はない。アルファベットは表音文字だからである。くどいようだが、アルファベットは何文字か組み合わせて初めて意味を表すことができるのであって、だけ、だけでは意味がないのだ。

 用事があって農協に電話をした。
「お待たせしました。ジェーエー木更津市農協です」
 ジェーエー? ジェーエーって何だ?
 調べてみると
Japan Agriculture の略だという。直訳すれば日本農業だ。農協という意味はない。
 それでは農協は英語で何と言うのか。私は知らないので、和英辞典で調べてみた。
Agricultural cooperative association というのだそうで、舌を噛まずに言い切ることはとてもできない。
 念のため手元にあった農協の通帳を見てみると、ちゃんと「木更津市農業協同組合」と書いてある。つまり「JA]に農協という意味がないことは農協の連中も分かっているのだ。
 では何のためにジェーエーなどという意味のない音を頭につけるのか。
 これはもう、「カッコイイから」という以外にない。農協という、どことなく泥臭い響きをもつ名称を少しでもモダンな感じにしようという哀れな発想からの愚策であろう。
 いったい、泥臭くて何がいけないのか。そもそも農業というのは泥臭いものである。それは英語で言おうがフランス語で言おうが同じだ。どこの国でも農業は泥臭いイメージを抱かれている。そのどこが悪いのか。
 農業は第一次産業の代表のようなものであり、人間の生命を支える根幹である。それゆえ江戸時代から「農本主義」という言葉が繰り返し使われている。為政者のご都合主義的な使用法が気にはなるが、どの時代にも「農業は国の本」と説明されてきたことからも、その重要性は論を待たない。
 泥臭いその産業こそ、すべての国民を最後に支える崇高な産業なのだ。それをどうして堂々と言えないのか。
 その自らの使命に誇りを持てない農協の幹部がひねり出した名称が「ジェーアール」なのだが、はてさて、そのどこがモダンなのか。

 ジェーティーというのもある。日本たばこ産業だそうだ。
 たばこという日本語のローマ字表記の頭文字がTなのだろうが、だったら「日本」のローマ字表記のをとって「NT」という方がしっくりくる。現にNTTは日本電信電話株式会社の「日本」をNで表している。
 もっともこちらの方は
NIPPON TELEGRAPH AND TELEPHONE CORPORATION の略だそうだから、せっかく「日本」を使っても、そのあとの電信電話を英語の頭文字にしてしまっているので、訳が解らない。
 JTも英語表記は
JAPAN TOBACCO INC. だそうだから、たばこという日本語ではなくて英語のつもりかも知れない。ただ TOBACCO は綴りからして本来の英語ではなさそうだし、それなら Cigarette を使ってJCとでもした方が英語っぽくなると思うが、どっこい、JCというと青年会議所が使っている。 JUNIOR CHAMBER だそうだ。
 昔、青年会議所の集まりで講師のようなことをさせられたことがあって、そのとき青年会議所のメンバーにJCって何の略ですかと訊いてみた。参加者の誰一人として答えられなかった。それでも彼らは「今日はJCの会議だ」とか「俺はJCのメンバーだ」というように、何の疑問も持たずにジェーシー、ジェーシーと言っていた。
 そんな彼らに
Chamber って何ですか、と訊いてみてもそれが自分たちJCにあたる言葉だとは分からないだろう。
 そのJCと混同されるのを避けてJTとしたのかどうかは知らないが、ともかく「ジェー」という無意味な音と「シー」という無意味な音とをつなげてみても日本たばこ産業という意味にはならない。「日本たばこ産業」と言うより「ジェーシー」と言った方がカッコイイという、愚かしくも情けない横文字コンプレックスが作り出した噴飯物でしかない。

 自動車の名前でもショッピングセンターの名前でも、はたまたアパートの名前でも道路の名前でも、とにかく意味不明のカタカナを使えばカッコイイと思っている日本人であるから、これからもナントカは増えるばかりだろう。JA、JB、JC、JD・・・今でもたぶんの次はからまであるだろう。
 日本セメントという会社がJSとつけようとしたら既に日本総合ナントカという会社がJSを使っていたので仕方なく「JSセメント」という社名にする、などというばかばかしい話も出てくるかも知れない。

 話をJRに戻そう。
 日本の鉄道は日本人が日本の技術で作り出した車両を日本人の知恵と勤勉さで走らせている。安全性もスピードも正確さも、世界に誇れる水準にある。それを「ジェーアール」などという無意味綴りで呼ぶことに、苛立ちを覚える人はいないのだろうか。
 私は勉強が苦手で、国語の成績も悪かった。今でもときどき自分が日本語を間違って使っていたことに気づいて愕然とすることがある。言葉について偉そうに語る資格はない。
 ただそれでも、意味がないと分かっている言葉を使う気にはなれない。だから電車に乗るときに「ジェーアールで行こう」などと言うのはまっぴら御免だ。
 で、仕方なく「内房線で行こう」とか「蘇我から京葉線に乗り換えて」などと路線名で言っている。不便極まりないが、日本語を捨てて無意味な横文字を使う屈辱感を味わうよりはマシだと思って我慢している。
 JR東日本という会社のお偉いさんの中に「東日本鉄道株式会社」と胸を張って日本語を使う人はいないだろうか。JR東海などと言わずに「東海鉄道株式会社」と名乗る気骨のある重役はいないだろうか。
 各社が「ジェーアール」などという飾り言葉を捨てて、日本には「北海道鉄道」「東日本鉄道」「東海鉄道」「西日本鉄道」「九州鉄道」という会社があって、互いに連携して全国規模の鉄道が張り巡らされていると言ったらどうか。
 結構なことではないか。なにもジェーアールなどと言わなくてもちゃんと用が足りる。
 5社は、その他のローカル鉄道会社とは違うのだという気持があって、元国有鉄道という「格」を示したいのかも知れぬ。そういう見当違いの思い上がりがあるとすれば、それこそ旧国鉄が親方日の丸で行き詰まった轍を踏むことになろう。
 全日空だった日本航空だって、日本語の社名でちゃんと認知されているし、親しまれてもいるではないか。野球の日本ハムだってJHとは言わないし、日本生命だってJLなんて言わずに日本語で通っている。
 5つの鉄道会社で全国ネットを構築していることで俺様意識があるならば、ジェーアールなどという無意味綴りにすがってイメージアップを計ろうというようなさもしい根性は捨てて、運行の正確さと安全性で勝負した方がよっぽど世の称賛を得られると思うが、どうだろうか。
 
      
究極の一人旅  たった一人の自分 
     
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