この言葉、なんとかなりませんか(2)


意味の判らぬ略語


 「木更津にもやっとスタバができたんだね」
 これは私の娘の言葉である。 スタバとはまた節操のない略語であり、わが娘ながら許し難い。
 スターバックス・コーヒーは、その創始者がメルビルの『白鯨』を愛読するあまり作中の一等航海士スターバックの名をとって社名にしたということである。であれば、店のデッキでゆっくりとコーヒーを味わいながら、名作の1シーンでも思い返すのが粋というものであろう。
 それをスタバなどと言ったのでは、スターバックだかスタミナ婆さんだか判らなくなってしまう。鶴岡八幡宮をツルハチと言ったのでは、ありがたみも薄れてこよう。

 そうかと思えば、ファミマだとかファミレスだとか、舌の動きにかなり無理を強いての略語もある。
 その伝でいくと、近々フラワーパークはフラパー、ホームセンターはホーセンと呼ばれるようになりそうである。サービスエリアはサーエリ、パーキングエリアはパーエリだろうか。
 昨日ホーセンでトイペーを買ったとか、さっきフーコー(フードコート)でアイクリを食べたとか、そういう訳の判らぬ会話をする時代がきたら、私は毎日悲憤慷慨して疲れ果て、世の中すべてを敵に回す日々を送ることになるであろう。

 訳の判らぬ会話といえば、近頃よく言われるアラフォーとかアラサーという言い方はいったい何なのか。
 アラをアラウンド(~ぐらい)のことだと素直に受け取ったとしても、フォーではどうしても「4」になってしまう。アラフォーとは4歳前後のことなのか。ましてアラサーでは、サーが thirty の thir だとはとうてい理解できず、何かの掛け声としか聞こえない。

 2語を縮めて1語にするのは、なにも今に始まったことではなく、その昔はアラカンとかエノケンとか呼ばれた俳優がいた。今の人には誰のことか判らないだろう。私もキムタクと聞いたときは、たくわんのキムチ漬けかと思った。
 しかし、こういう場合は、その当時において嵐寛十郎、榎本健一、木村拓也といった人が既に国民的人気を博しており、名前を略しても誰一人「荒井勘介」とか「榎沢研吾」「木室卓三」などと間違えない状況が前提になっている。

 つまり、略語とは、それを聞いたときに誰もが瞬時にして本来の言葉を思い浮かべるだけの汎用性がなければならない。
 だから、オンタマ(温泉たまご)、オバヤシ(お化け屋敷)、カイモク(回転木馬)、スイワリ(スイカ割り)などという略語を作ったとしても流通する訳がなく、せいぜいバラエティ芸能人がその場限りの笑いを取っておしまいということになる。

 願わくば、元の言葉の意味を損ねない程度で、しかも音の響きの良い、洒落た略語を使いこなしてもらいたいものであり、それが難しいなら、略さず、意味明快で美しい言葉をそのまま大切に使ってもらいたいものである。
 ウチステと言って発音の労を省くよりも、少々面倒でも「宇宙ステーション」と言った方が、イメージも夢も膨らむではないか。
 
人生の指針 兄を訪ねて高野山へ
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